私たちは、ともすると「良い里親になるためには、もっと頑張らなければならない」と考えてしまいます。もっと子どもに声をかける、もっと遊んであげる、もっと寄り添う、もっと手をかける。もちろん、それも大切なことです。しかし、養育の最善というのは、私たちがどれだけ頑張ったか、どれだけ大変だったかで決まるものではありません。大切なのは、その養育によって、子どもにどのような変化が生まれたのかということです。
だから私は、「もっと頑張る」よりも「もっと見る」ことが、里親にとって大切なのではないかと思っています。子どもに近づいて、何とかして変えようとするのではなく、時には一歩下がって見る。昨日と今日で何が違ったのか。いつもなら怒るところで、今日は少し待てた。昨日までできなかったことを、今日は自分からやった。いつもより少し長く遊べた。誰かに自分から話しかけた。そうした、ほんの小さな変化を見逃さない。そして、「なぜ今日はこうなったのだろう」と考える。昨日のあの関わりが良かったのかもしれない。この生活のリズムが、この子には合っているのかもしれない。ここでは少し待ったほうが、この子は自分で動けるのかもしれない。そうやって養育を少しずつ変えてみる。そして、また子どもの様子を見る。「見る。考える。やってみる。見る」。これを繰り返すところに、里親の専門性があるのだと思います。
我が家は定員6名のファミリーホームです。ファミリーホームには、複数の子どもを同じ家庭で養育するからこその強みがあります。同じ家で、同じ食卓を囲み、同じ生活をしていても、子どもによって反応は違います。同じ環境の中で、それぞれの子どもの変化を見ることで、「家庭養育とは何なのか」「どのような生活が子どもの育ちを支えるのか」ということが見えてくることがあります。複数の子どもを養育することは、単に多くの子どもを受け入れるということだけではなく、家庭養育についての実践知を得る機会にもなっています。
一方で、里親には里親の強みがあります。それは、一人、あるいは少人数の子どもに、より多くの養育の力を集中できることです。その子をよく見る。その子の小さな変化を見つける。その子に合わせて生活を調整する。そして、その子にとって最も良い養育とは何なのかを、どこまでも追求する。複数の子どもを同時に見ることによる比較という点ではファミリーホームに分がありますが、一人の子どもに向けることのできる養育の熱量、その子のために養育を深く個別化していく力という点では、里親だからこそできる養育があります。
ここでいう「熱量」は、単に時間や手間をかけるという意味ではありません。同じ時間、同じ生活、同じ環境であっても、その子の変化を丁寧に観察し、その変化に応じて関わり方を変えることで、そこからより大きな養育効果を引き出すことができます。私は、これを「付加価値養育」と考えています。養育の投入量をただ増やすのではなく、同じ生活の中から、その子にとってより大きな育ちを引き出していく。そこに養育の生産性があるのではないでしょうか。
そして、もう一つ大切なのは、そこで得られた実践を、その家庭だけのものにしないことです。「あの子には、こんなことをしたらこう変わった」「うちでは、こうすると落ち着いた」「最初はうまくいかなかったけれど、こう変えたらできるようになった」。こうした話を、里親会や里親サロンでぜひ聞かせてほしいと思います。それは単なる体験談ではありません。一人の子どもを真剣に養育したからこそ得られた、貴重な実践知です。
一人の里親の家庭で生まれた知恵を、別の里親が知る。それをまた自分の家庭で試してみる。そして、そこから新しい知恵が生まれる。そうやって、一つひとつの家庭で生まれた養育の工夫が、里親全体の共有財産になっていく。ファミリーホームが複数の子どもを同じ生活の中で養育することから実践知を得られるように、里親会や里親サロンは、個々の里親がそれぞれの家庭で得た実践知を持ち寄り、共有する場になることができます。
私は、子どもの最善の利益は、養育の最善がもたらすものだと思っています。だからこそ、私たちは「良い里親になろう」とだけ考えるのではなく、「この子にとって、もっと良い養育はないだろうか」と考え続けたい。そのために必要なのは、闇雲に頑張ることではありません。子どもに近づき続けることでもありません。一歩下がって子どもを見て、その微細な変化を見逃さないこと。そして、そこから養育を考え、工夫し、また見る。その繰り返しによって、一人ひとりの子どもに対する養育の効果を、できる限り高めていくことです。
良い養育の可能性を極限まで追求するための労力は惜しまない。しかし、その労力は、必ずしも子どもに直接向けるものではない。子どもをよく見るために一歩下がり、考え、養育を調整するために使う。その積み重ねによって、同じ時間、同じ生活、同じ環境から、より大きな養育効果を生み出していく。それが「付加価値の高い養育」であり、「生産性の高い養育」なのだと思います。そして、その生産性の高さを極限まで追求することこそが、私たちのいう「養育の最善」なのではないでしょうか。
私たちは、もっと頑張るためだけに集まるのではなく、もっと良く養育するために集まる。そのために、それぞれの家庭で生まれた小さな気づきや工夫を披露し、互いに学び合い、またそれぞれの家庭へ持ち帰る。一人ひとりの里親が一人ひとりの子どもに向き合って生み出した実践知を、里親会という場で共有していく。その営みそのものが、家庭養育の質を高め、子どもの最善の利益に資するものになるのだと思います。